院長あいさつ

 東京都心の白金に、白金自然教育園という公園があります。瀟洒なマンションやオフィスビルに囲まれた一等地ですが、公園に一歩足を入れると、都会の中にいることを忘れてしまうような森がひろがっています。この公園では、森に手を触れてはいけないというルールです。どんぐり一つでも持ち出してはいけません。
 昼でも薄暗い森の中には何本としれず大木がそびえています。ひときわ目立つのがコナラの大木です。幹の直径が1メートルにもなりそうなコナラが立ち並んでいます。コナラはクヌギやクリと同じ落葉する広葉樹、里山を構成する雑木林でよく見る樹です。普通に見るコナラは、直径はせいぜい10センチか20センチでしょう。この公園で見るような大木を、里山で見ることはまずありません。大木が君臨しているところを見ると、この森はあたかもコナラの樹の王国のようです。

 ところが実はそうではない。里山のコナラの雑木林では、大木になる前にそこに住む人々が焚き木やシイタケのほだ木にするために伐採してしまいます。コナラのどんぐりから芽を出した若木は、明るい光のあるところで大きくなります。数年ごとに行われる伐採で明るい空間を得ることによって、コナラの若木が成長し、新たなコナラの林が形成されます。そうしてコナラという種の循環が維持されるのです。ところがコナラの大木が立ち並んだ森には、直射日光が届くような明るい空間はありません。そこではコナラの若木は、暗い空間でも成長できる常緑広葉樹の若木との競争に負けて、成長することができません。今は森に君臨しているコナラの大木も、やがて老いて倒れる時が来ます。その時にできる空間を占領しようと、虎視眈々と待っているのはコナラではなく、シイ・カシ・タブといった常緑樹の若木です。いつかコナラの森は消え、常緑樹の森になるというのが自然の遷移なのです。

敷地

 一本のコナラの一生が何十年ぐらいのものなのかわかりませんが、その時間だけでながめれば、コナラはこの森の王様です。しかし森の植物相の遷移というもっと長い時間で見ると、コナラという植物の種は、その森では滅んでしまいそうです。
 あらゆる現象は、それを見る時間の切り取り方でまったく違って見えます。まったく意味が変わってしまうことがあります。人の暮らしにも、同じことが言えるのではないかと思います。今という時間だけを見たときにとても苦しくて悲しくても、少し長く時間を切りとればまた別の光景が広がるということはよくあるのではないでしょうか。少しの時間だけは楽しくても、長い時間で見ると失うものが大きいということも、またよくありそうです。一つの時間の切りとり方だけに固執すると大切なものを見落とすかもしれません。
 弓削病院は、困っている患者さんやご家族の今の要請にただちに応えるということを大切な信条としています。しかしその患者さんの長い時間を切り取った見方で治療を行うということも大切です。これから私たちは、早い治療だけでなく、広くて長い視野を持った治療も考えて行きたいと思います。



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